2019/04/22
──地下アイドル(ライブ)デビューのことは以前お聞きしたので、その後も活動を続けたいきさつを改めて教えてください。
姫乃たま 1回目のライブのときに司会をしてくださっていた方が、地下アイドルのイベントを立ち上げたばかりで、出演者のブッキングに手間取っていて。「良かったらまた出ませんか」と声がかかったので喜んでお受けしました。
偶然そのライブが投票制の勝ち抜きライブで、最短で半年勝ち続けないと優勝できないシステムになっていたんですよね。最初から「よーし、優勝するぞ」と思っていたわけではないんですけど、最初が2位で、「これ、もしかしたらちゃんと頑張れば1位になれるのでは?」みたいな浮ついた心を持ってしまって……笑。高校生になったばかりで、アルバイトも始めたばかりだったので、社会に参加できる、みたいな感覚もありました。
──地下アイドルを始めたことは、ご両親にはいつごろ話したの?
姫乃たま 最初から話してました。母親が、小さい頃に私を赤ちゃんモデルのオーディションとかに連れて行っていたんですよ。長女で、初めての子供だから可愛いと思ったか分からないですけど(笑)。父も音楽活動はしていたので、そんなに反対とかもなく。活動を始めて2年めで、勝ち抜きライブの優勝特典で「神楽坂EXPLOSION(ライブハウス)を1日何に使っても良い」という権利をもらって、主催ライブをやったときに初めて見に来て、安心したようでした。
──歌い方はデビューの頃から変わってない?
姫乃たま 地下アイドルを始めた頃は、ライブアイドルの歌う曲というと、電波系の声を張る曲か、歌い上げるロック調のアニメソングの二択で、そういう感じで歌っていたんですけど、オリジナル曲を作っていく過程で、曲調はなんであってもファンは人に付いてるから、無理しなくても良いかなあと思うようになっていきました。
──好きなシンガー、影響を受けたシンガーはいたんですか?
姫乃たま 好きなのは初期スパンク・ハッピーのハラミドリさんです。一昨年、WWWでワンマンをやる前に福岡まで行って、ボイストレーニングを3日間受けさせていただきました。一緒に山に登って、祠の裏で声出しをしたりとかしました。
──ライターデビュー当時の思い出を教えてください。
姫乃たま 17歳から20歳くらいまでは、ワニマガジン社のアダルト誌で書いているだけで、WEBに転載もないので広がりがなかったんですけど、ワニマガジン社で最後になったアダルト誌が休刊して、編集部全体が解体されてしまって。「青春が終わったみたいで哀しい」と書いたブログが同業他社の編集さんの目に留まって、連載が一気に増えて。「リアルサウンド」(音楽WEBメディア)で連載が始まったのも、音楽的なことがどうこうよりも、もともとアダルト誌で働いていた編集さんが移って連絡を下さったんです。22歳くらいのときは連載が月に10本とか20本になって、ちょうど大学を卒業する年だったんですけど、就活どころじゃなくなって。そのまま続けている感じです。
──文章を書くのは好きだったの?
姫乃たま もともと文章書くのは好きでした。子供の頃……小学校・中学校はずっと本ばかり読んでました。
初めて書いたのはなんだろう……父親がゲーム好きな人で、幼稚園のときに、父親がやってるゲームのプレイ動画を見ながら感想文を書いたりしてました。別に誰に読ませるってわけでもなかったんですけど、でも朗読していた記憶があるなあ。歌はアレだったけど朗読は好きだったのかもしれないですね。
──ライターとしては誰かに指導されたことは?
姫乃たま 学校では読書感想文で賞をもらったり、「上手だね」って褒められたりもして、最初の3~4年は、特に赤字とかは入らなくてかなり自由にやってたんですけど、「WEBスナイパー」(大洋図書)の編集さんがすごく厳しくて、初めて、原稿を4回くらい赤字で戻されて。それまで直されたことなかったから、すごく困ったのを覚えてます。
1シーズン6回のエッセイ連載だったんですけど、2シーズン目に入ってもまだ1回で通らなくて、最初「なんだよー」と思ってたんですけど、単行本(「潜行」)を出すときに、リライトしたいなあと思って見直してみたら、全然文章かけてないのにびっくりして。そこで初めて、なんで自分が文章直されていたのかが分かって、それからやっと書けるようになった感じです。
──ライター、文筆家、作家等で影響を受けた人は?
姫乃たま 文章に関してはないかもしれないですね。「どうしたらいいんだろう」と人の文章を見ることがないので。好きな書き手はいるんですけど。ホントに好きだから名前は言いません。笑
──ライターの延長で作詞もするように?
姫乃たま ライターの仕事を始める前からオリジナル曲はあったので、作詞の仕事はしてました。詞は苦手です。すっごい苦手。書けるようになったのは「僕とジョルジュ」の制作が終わったくらいですね。それまではシングル曲を半年に一度リリースするくらいのスピードだったんですけど、「僕とジョルジュ」のときは、1カ月で20何曲を作らないといけなかったのと、単行本のリライトと、連載20本もあって、考えてる場合じゃない!となって。それまでは"お気持ち"で書いてたんですけど、技術で書いていかないと間に合わないとなって、反省して、ちゃんと歌詞について考えるようになりました。
──最初の作詞はどんなふうにして?
姫乃たま 最初って分からないことが分からないので……、まず、アイドルが好きでアイドルを始めたわけでもないから、自分がどうなりたいっていうビジョンがないし、自分のキャラクターを把握してお客さんに提示するというのも分かってなかったから……そうなると、歌詞って書くことないじゃないですか(笑)。自分の大事なものについて書くのが良いのかなと思って最初はそれで書きました。
──作詞に関して、影響を受けたソングライター、作詞家はいますか?
姫乃たま 小西(康陽)さんですね。メタ構造の少し背伸びした歌詞にいつも感動します。Negiccoさんの「アイドルばかり聴かないで」とか、あんなに良くできた歌詞はないなあと。私は自分自身のキャラクターを使って自分の作詞をしているのですが、あんなに自分の立ち位置をメタ構造で活かせたら、痛快だろうなあと思います。
あと今回のアルバムを作っていて、秋元康さんと松本隆さんのすごさを改めて痛感しました。アイデアの豊富さや、松本さんの歌詞の無駄のなさ……。やっぱり無駄な言葉は歌詞に乗せちゃいけないですよね。そんなに書きたいことが溢れているわけでもないので、思いつかなくなっちゃったりするんですけど、頑張らないといけないですね……。