2017/10/12
それいゆ (お仕事を)始めたのは3歳くらい。どこかで声をかけられて、ちょっとやってやめて……みたいな感じ…、とおかあさんに聞きました。笑
──歌うのも、写真を撮られるのも好き?
それいゆ はい。
──いつ頃からそう思うようになったの?
それいゆ やってみて楽しかった…のはたんきゅんデモクラシーの頃から。……だから小5とかからです。
──「それいゆ」はどこから付いた名前?
それいゆ おかあさんが、中原淳一さんの雑誌が好きで付けた…と聞きました。日本的でありつつも、世界に目を向けた女性に…という想いがあったみたいで。
それいゆ おかあさんと「たんきゅん」のプロデューサー(マユタン)が知り合いで、一度「たんきゅん」を観に行ったこともあったんですけど、「たんきゅん」が終わってから、雪の日に「つまんない」と思って、それいゆが家で「たんきゅん」のまねをしていた動画を送ったら、急に「やりませんか」と連絡が来たんです。「小さい子でもう1回やるのはありかもしれない」と思ったって。
──たんきゅんデモクラシーはどこが良かった?
それいゆ くるみちゃんと仲良かったし、マユタンは面白いし、楽しかったです。
──たんきゅんデモクラシーを卒業したときは、何をしようと思ってたの?
それいゆ 普通に過ごすつもりでした。笑
──それがどうして"おじさん"たちとバンドを組むことに?
それいゆ おかあさんの妹がサリー(久保田)さんと一緒に音楽をやっていて、前から知り合いだったんですけど、たんきゅんデモクラシーを卒業した後に、DJイベントでサリーさんと久しぶりにお会いしたときに、「なんか(音楽を)やってみる?」って聞かれて「やってみます」って言ってレコーディングしたら…いつの間にかバンドになってて。
サリー久保田 レコーディングが終わった頃に、バンドのほうが面白いんじゃない?って周りに言われたんですよ。確かに音楽性も伝えやすいと思ったので。
──音楽はもともとどういうのが好きだったの??
それいゆ 小さい頃はYUIさんとかが好きで、ギターを弾くマネとかをしてました。そうしたら偶然、うちの裏に中森(泰弘)さんが住んでいて、ギターをもらって練習したりもしました。あとはPerfumeも好きでした。
──「Pinky Fluffy」を初めて聞いたときの印象は?
それいゆ 男の子に対しては……普通です。どちらかというと、面白い人が好き。
──レコーディングはうまくできた?
それいゆ 英語の発音が全然できなくて、とっても苦労しました。小さい頃は割できてたんですけど、全然できなくなってて。笑
──歌い方でアドバイスされたところはあったりしたの?
それいゆ 「いつか時が経って…」は哀しく、「ねぇ Cotton Candy…」のところは"特に元気よく"と言われました。そこをよく聞いてみてほしいです。
──「Breakout」はどうだったの?
それいゆ 全部英語だし、歌詞がキツキツのところが特に大変でした。グロッケンは自分で叩いてます。
──モノラルミックスは、古臭い、とか思ったりはしなかった?
それいゆ 片方のイヤホンでも同じ音が聞けるから便利だと思う。笑